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彷徨する自由帖

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ロンドンミュージカル《ウィキッド(Wicked)》とウエスト・エンド周辺のお手頃なレストラン

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劇場の外観

 名作児童文学《オズの魔法使い》に登場する、「南の善い魔女」グリンダと「西の悪い魔女」エルファバ。――正反対の二人。

 彼らの物語《ウィキッド (Wicked)》では《オズの魔法使い》の冒頭で、少女ドロシーがカンザス州からオズ王国にやってくる以前の出来事が語られる。大衆から邪悪な存在だという烙印を押されることになってしまった、エルファバの出生の秘密から始まる「もう一つの物語」なのである。

 同名の小説を原作としたミュージカルを、2018年の春に念願のロンドンで観賞することができた。場所はヴィクトリア駅のすぐそばにあるアポロ・ヴィクトリア劇場。今こうして思い出そうとするだけでも、当時の胸の高鳴りが鮮明に蘇ってくる。本当にいい経験をした。

 ここには観劇時のようすの一端と印象的だった部分に加えて、劇場がひしめき合うウエスト・エンド周辺にあるレストランのうち、実際に立ち寄って良かったと感じた場所を紹介しようと思う。なかにはプレ・シアターメニューを提供しているところもあり、利用するとお得な値段で食事ができる場合がある。メニューはお店のウェブサイトに載っていることが多いので、ミュージカルへと出かける際には事前に調べておくといいかもしれない。

 また、記事中では物語の詳細や歌詞の内容に触れているので、ミュージカルを事前知識なしで楽しみたい方はここでブラウザバックすることを推奨します。もしくは後ろの方に掲載している、レストランとお料理の写真だけでも見ていって下さると嬉しいです。

 

参考サイト:

Wicked The Musical(イギリスのWICKED)

『ウィキッド』作品紹介(日本、劇団四季のウィキッド)

 

  • 劇場の概要

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エントランス

 アポロ・ヴィクトリア劇場は、はじめ映画館として1930年に建造された。改装が繰り返されてはいるものの当時から位置は変わらず、80年以上もの間ずっとここに佇み、人々を飲み込んでは吐き出してきた。

 イギリスの歴史的建造物 "Listed Building" については過去の記事でも言及したことがあるが、この劇場はその中でグレードII*というものに分類されている貴重なもの。

 特に大人数を収容する建物の場合、日本では耐震設備と安全の関係で古いものから取り壊されてしまう場合が多いものの、地震の少ない国ではその恩恵を受けて残っているものがよく見られる。

 劇場の内装はアール・デコの様式を採用しており、開いた花のような形の照明が特徴的だ。床のカーペットと座席に張られた布の模様は魚の鱗や波を彷彿とさせる。ここでは2003年から2018年現在まで《ウィキッド》のロングラン公演が行われているのに合わせて、全体の雰囲気を支配する色はに統一されており、入口へと足を踏み入れた瞬間からその世界観を感じることができた。

 

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開演前のにぎわい

 割高な値段ではあるが、一応飲むものや軽食を場内の売店で買える。周辺は人でいっぱいだ。ちなみに上演の合間、休憩時間にはお手洗いの前に長蛇の列ができるが、回転はそこまで遅くなかった。設備は古いが清潔な印象(2018年当時)。

 《ウィキッド》以外にも、過去にここで上演されていた有名なミュージカルには《サウンド・オブ・ミュージック》《屋根の上のバイオリン弾き》などがある。なかでもアンドリュー・ロイド・ウェバーが楽曲を手掛けた《スターライトエクスプレス》は、1984年から2002年までの18年間という長いあいだ公演が続いていた。

 アポロ・ヴィクトリア劇場内の席の総数は2328シートで、舞台やミュージカルの会場としては標準的な規模だと思う。今回私は一番上の段にある、後ろから3列目の席からステージを見下ろす形で観劇をしたが、視界が大きく遮られることはなく快適だった。音楽や歌声も明瞭に聴こえるので、もしも後方の席のチケットを買うのが不安だと思う人がいれば参考にしてほしい。

 また、観劇はおひとり様でも大丈夫?  場違いじゃない?  とよく聞かれるが、全く問題ないし、むしろ集中できて良いと思う。一応は小綺麗な服装が推奨されるという以外は、映画館で映画を観る感覚とほとんど変わらない。ひとりミュージカルは全力でおすすめできます。ぜひ。

 

劇場サイト: The Apollo Victoria Theatre | The Home of Wicked in London

 

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同じウエスト・エンドのAldwych Theatre
  • 物語のあらすじ

 ミュージカル《ウィキッド》は、オズ王国の住民たちが「西の悪い魔女」の死を喜んでいるシーンから始まる。

 竜巻により突如この国を訪れた少女ドロシーと愛犬トト、そして彼女らと一緒に大魔法使いのいる王宮へと向かう一行(案山子、ブリキの木こり、ライオン)の活躍により、邪悪な魔女――エルファバによる恐ろしい独裁は終わりを告げた。ここで歌われるのが、"No One Mourns The Wicked(誰もあいつの死を嘆かない)" だ。

 やがて「南の善い魔女」グリンダが彼らの前に降り立ち、どういうわけか悲しげに祝いの言葉を述べる。西の悪い魔女は確かに死んだ。善は悪に打ち勝つ――そのことに感謝しましょう、と。そして彼女は「人は初めから邪悪さを持って生まれてくるのだろうか?」と問いながら、エルファバの出生の秘密と、彼女と自分自身がシズ大学の同級生だった事実を語り始める。

 頭脳明晰で妹思い、魔法の才能にも恵まれているが、不自然な緑色をした肌のせいで皆に忌避されているエルファバ

 実力には乏しいがカリスマ性があり、大学で大人気のグリンダ(当時はガリンダと名乗っていた)。

 はじめは対立していた二人だが、さまざまな出来事を通して互いに惹かれたり、ときには妬んだりもして、少し奇妙だが強固な関係性を築いていく。やがて訪れる別れと、オズ王国に渦巻くとある陰謀、そして二人の魔女がそれぞれ「善」と「悪」の名で呼ばれることになった理由とは――?

 物語は非常にわかりやすく進んでいくので、ロンドンでミュージカルを観たいけれど、全編を英語で楽しめるかどうか心配だという人も安心してほしい。難解な単語はあまり使われていないうえキャッチーな楽曲が多く、疲れを感じずに聴き続けることができる。そして何よりも、歌声の美しさそのものは、言葉の壁に遮られることがない。

 

  • 印象的な曲や場面など

※物語の詳細や核心、歌詞の内容に言及しています。

 

第一幕より

Track 4: "The Wizard and I"

 シズ大学に入学したエルファバは今日も周囲から疎まれ、避けられていた。だがあることがきっかけで、彼女の内に秘められた強力な魔力とそれを扱う才能を、大学に勤めるマダム・モリブルが見抜く。彼女はエルファバの能力がこの国の役に立つはずだといい、「あなたをオズの大魔法使いへと紹介する」と告げるのだ。

 生まれてこの方、誰かに認められることや称賛されることが一切なかった、不遇なエルファバ。これを機に、そんな私の運命は変わるのだ――と高らかに歌うのが "The Wizard and I" である。

 〈大魔法使いに会って私の価値を示すことができれば、もう誰も私のことを「奇妙だ」なんて思わない〉

 〈そしてきっと、オズ王国中の全ての存在が私を愛するようになる〉

 〈大魔法使いと私、きっと最高のコンビになるわ〉

 舞い上がり喜ぶ彼女の姿が印象的だが、物語の展開と結末を知ってからだと、とても切ない気持ちになる。エルファバの正義と善を求める行いはいつも裏目に出て、大衆はその結果にもたらされた災厄から判断し、やがて彼女を《Wicked(邪悪)》と呼ぶようになるのだから。

 

"But I swear, someday there'll be
A celebration throughout Oz
That's all to do with me!"

From "The Wizard and I" By Stephen Schwartz

 

 

 

Track 5: "What is This Feeling?"

 彼女らの意思に反して、大学の寮が同室のルームメイトになってしまったエルファバとグリンダ。何もかもが正反対な互いのことが妙に心の隅に引っかかり、得体のしれない感情が湧き上がってくるのが不快だという心の内を、それぞれの父親へ手紙を書きながら吐露する。

 〈彼女を見ていると鼓動は早まって、くらくらするし、頬も赤くなる。とにかく純粋で強力なこの感情は何?〉

 〈あなたの顔も声もその服も、何もかもが嫌い!〉

 〈きっとこの嫌悪は、人生を通して変わることなく永遠に続くの〉

 この楽曲に登場する語句たちには、通常ラブソングに使われる種類のものが多くみられる。それらが皮肉にも、「どれほど相手を愛しているか」ではなく「どれほど相手を嫌っているか」という文脈で使われているのが面白い部分だ、と作曲者のステファン・シュヴァルツ自身が語っている。

 

"Let's just say — I loathe it all!
Every little trait however small
Makes my very flesh begin to crawl
With simple utter loathing!"

From "What is This Feeling?" By Stephen Schwartz

 

 その後いくつかの出来事を通して、彼女たちの互いを見る視点は少しずつ変わってゆき、エルファバとグリンダとの間にはある種の友情とも呼べるようなが生まれる。

 やがて二人は共に、シズ大学にある日やってきたウィンキー国の王子「フィエロ」に恋をする事になるのだ。

 自分は彼と釣り合わないし、グリンダのために身を引こう――と当初は思っていたエルファバだが、フィエロは彼女の人柄と行動に惹かれ始めていた。

 

Track 17: "Defying Gravity"

 さて、オズ王国には不可解な暗雲が立ち込めている。今まで人間と同じように言語を扱うことのできた動物たちから、何らかの理由でその能力が徐々に消えつつあったのだ。ヤギであり、シズ大学で教鞭をとっていたディラモンド教授もその例外ではなく、言葉を話すことも理解することもできなくなってしまった彼は大学から追い出されてしまう。

 彼によくお世話になっていたエルファバは憤るが、念願の大魔法使いに謁見することが叶った折、動物たちから言葉を奪って支配する計画の首謀者が彼とマダム・モリブルたちの一味であることを知る。エルファバに秘密を知られてしまった彼らは、彼女にもこの運動に加担するよう持ちかけるが逃げられてしまった。

 エルファバは、今まで自分が「素晴らしい存在だ」と信じていた大魔法使いの所業に落胆すると同時に、追っ手に捕らえられないよう逃げることを決める。そして、もう周囲からの評価に一喜一憂することなく「自分を信じてその力を開放する」と歌うのだ。

 ここでは自分の正義のため権力に背を向けるエルファバと、世間の自分に対するイメージを利用して器用に生きるグリンダの姿が対比される。それでも二人は、互いをかけがえのない友人として認め、相手のこれからの幸せを願って一度別れを告げた。

 

"I'm flying high defying gravity!
And soon I'll match them in renown
And nobody in all of Oz
No wizard that there is or was
Is ever gonna bring me down!"

From "Defying Gravity" By Stephen Schwartz

 

 〈努力しても変えられないことはある。それでも、一度試してみなければ分からない!〉

 〈一人ぼっちで空を飛ぶのは、私が自由であるということの証〉

 箒を手に高く飛び立ってゆくエルファバとそれを囲む兵士たちの怒号、心配げなグリンダの眼差しで第一の幕が下ろされる――。二人の魔女の選択と行く末は、20分間の休憩を挟んだのちに第二幕で語られ、最後には《オズの魔法使い》の物語へと続いていくのだ。

 2018年現在、ロンドンでは未だに《ウィキッド》のロングラン公演が続いている。現地に滞在している人も、これから訪れる予定の人も、ぜひアポロ・ヴィクトリア劇場でこの舞台を楽しんでほしい。

 

歌詞参照:Wicked (Original Broadway Cast Recording) Lyrics and Tracklist | Genius

 

  • ウエスト・エンド界隈のレストラン

 ロンドンミュージカルの代名詞ともいえるエリア、ウエスト・エンドの周辺で訪れた飲食店からいくつかを記載してみる。どこも観劇前後の雰囲気に合っているのではないかと個人的に感じたところ。

 高額なものは全く食べていないが、ロンドンという場所を考えると満足のいく味のものが出てきたと思う――だが日本で食べられる低価格・高クオリティの料理やお菓子のレベルを期待してはいけない。

 

The Delaunay

 

 ここではアフタヌーンティーを楽しむことができた。

 説明に〈ウィーン風の〉とあるように、オーストリアの焼き菓子クグロフがスコーンと一緒にお皿に載って出てくる。これはマーマレードと生クリームを付けるもののようで、初めて食べる風味がした。生地はパサッとしていて、かすかに酸っぱいような。

 ケーキ類は全体的に激甘なので、最後の方はほぼ紅茶で流し込むようにして飲み込んだ記憶がある。オリジナルブレンドティーがおいしいです。

 

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 下段のセイボリーは小さなオープンサンドイッチの数々。アフタヌーンティーを楽しみに行くと、どこのお店でも苦しくなるほどお腹がいっぱいになるのは何故だろう。ぱっと見ただけだと、こんなに量が少なく感じるのに。

 訪れた当時、このアフタヌーンティーの価格は一人£19.75だった。もっと軽い方が良いという人にはクリームティー£9.5がおすすめ。

 レストランの場所は、ミュージカル《Tina》が上演されていたAldwych Theatreのすぐそば。

 

Cafe Monico

 

 ある日曜日にローストビーフを頂いたのが、二つの劇場に挟まれる形で建っているこのレストラン。お皿の左に乗っているのは巨大なヨークシャープディングの欠片だ。

 お肉はじゃがいも蒸した野菜、グラタンと一緒に伝統的な形式で提供される。グレイビーソースは少し水っぽかったので好みが分かれるところかもしれない。蒸し野菜は柔らかく、バターの味が染みていていくらでも食べられてしまった。

 私はワインのことが全くわからないのですが、店員さんに言えば適当なものを持ってきてくれます。

 

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とても量が多い

 私が訪れた当時ローストビーフは£21で、ローストチキンは£19だった。

 サンデーローストはその名の通りに、日曜日にのみ取り扱われている。

 

Brasserie Zedel

 

 ここは地下鉄ピカデリーサーカスの駅を出てすぐの場所にあるが、レストランは地下の階にあるので少し分かりにくいかもしれない。地上のカフェの奥に階段があるので、そこを下りていく必要がある。

 内装はアポロ・ヴィクトリア劇場と同じのアール・デコ様式風で、建物はもともとリージェント・パレス・ホテルの一部であったらしい。

 この時は2コースで£10.5のセットメニューを頼んだ。

 

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前菜のサラダ

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 最初に出てきたのは、フレンチドレッシングのかかった細切れのニンジン。意外と量がある。

 そしてメインはハンバーグステーキ。胡椒のきいたソースが好きな味だった。フライドポテトが一緒に出てくるのだが、これを余ったソースにつけて食べるのが美味しい。広くて内装も綺麗なレストランなので、ミュージカルを観に行く際に立ち寄ったらきっとわくわくするだろうなと思う。

 中華街など他の近隣エリアにも好きな飲食店があるので、またそのうち写真を載せたい。これからロンドンに滞在する方々が、楽しい思い出をたくさん作ることができるよう祈っている。