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いろいろ記録帖

留学中のロンドン借り暮らし遍歴~ホームステイから学生寮、フラットシェアまで

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北ロンドンの一角

 風雨をしのげる壁と屋根があり、そこで寝食のできる幸せを私は身をもって知っている……。当然のことだけれど、実の家も仮の宿も、決して全ての人間に等しく与えられるものではない。一体どんな状態でどんな場所に生まれ、その後どんな選択の余地を与えられるのかは誰にも選べないからだ。

 私がイギリス、ロンドンで2018年の秋まで暮らしていた家の最寄り駅周辺では、そこに足を運ぶたび、路上で寝ている人達を真冬でもたくさん目にした(線路の高架が屋根代わりになっていたので特に多かった)。別に珍しいものではない。世界中のあらゆる国、もちろん日本の都市部でもその光景はよく見られる。そしてほとんど毎日のように考えていた。彼らを横目に何不自由ない生活を送ることができる自分は、ただ単に運が良かっただけなのだということを。

 留学中の住まいや生活について質問されるときは、自分自身の暮らしよりもこのことがまず頭に浮かぶ。

 ここには現地で生活をする際に不可欠だった家のことと、引っ越すたびに出会った新しい人々のこと、そしてそれぞれの環境について思い出しながら書いていこうと思う。ロンドン市内の写真とともにお楽しみください。

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テムズ川と三角のビル〈The Shard〉

ホームステイ

 もうだいぶ昔のことなので記憶は曖昧になってきている。英国での、旅行以外で初めての長期滞在。この時は一カ月ほど、イギリス人母子の住む家でホームステイをしていた。

 これがどこから広がっていったイメージなのかは知らないけれど、ホストファミリーの多くは一般的にいわれるような、「人が好きで、文化交流を目的として留学生を受け入れている」ところばかりではない。大抵の家庭はそれによって収入を得ることを主な目的として受け入れを行っている。私がステイしていたところも、そんな感じだった。とても親切にしてくれたけれど、必要以上の干渉はなく、家の中で顔を合わせれば雑談をするくらい。逆に言えば妙な言いがかりをつけられることもなく、基本的にはとても快適だった。

 ファミリーの構成は、日本で言うと中学3年生くらいの年齢の息子とそのお母さん、加えて犬が一匹。デザインや写真に関する本がたくさん置いてあって、私にとっては馴染みやすく嬉しかった。息子君はよく爆音で車のレース系のゲームをしていて、おそらくはそれと同時にビデオ通話をしている友達とも、爆音でよく会話していた。

 家はセミ・デタッチド・ハウスで、これはロンドンの住宅街の中でも最も多く見られる典型的な形態だ。一棟の家と庭が2つに分割されていて、それぞれに違う家族が住んでいる。

 朝食で提供されたのはシリアル、夕食はお母さんの手料理。インドカレー等のデリバリーをとる日も。一度だけ見た目・味ともに謎の食べ物(料理と呼んでいいのかすらも分からないもの)を提供されたことがあり、毎日ではなかったので良いものの、その時だけはかなりつらかった。

  • 興味深かったこと・良かったこと

現地の家庭のなかで実際に暮らし、彼らのライフスタイル等を間近で観察できたこと。日本の一般家庭と異なる部分は少ないように思えるが、水質の違いによる掃除の仕方など、細かいところに注目してみると気付くことが多くある。

とある休日の昼間に、息子君におもちゃの銃の打ち方を教えてもらう。庭に設置した段ボールの的に向けてペイント弾を何発か放ってみたが、楽しかった。

街周辺の雰囲気がとても良いところだったこと。特にロンドンへ来たばかりだったので、煉瓦の住宅がずらりと立ち並ぶさまが面白く感じた。

  • 困っていたこと

×特にはなし。強いて言うのなら、壁が薄いために隣の部屋の生活音がわりとはっきりと聞こえたこと。向こう側の音がこちらに聞こえるということは、こちらの出す音も向こうに伝わりやすいので、気をつかった。

 ここでの滞在期間は1カ月。スーツケースに生活用品を詰めて、自力で移動する引っ越しのストレス以外には特筆すべきものは無い――が、これから順に訪れる苦しみを私はまだ知らない。

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ケンジントン・パレス。こんなところに住みたい

 ロンドンは世界の中でも物価や家賃が高い都市として知られており、市内での住まい探しは困難を極める。特に学生の場合はひとりでキッチンやシャワーを独占できる物件(学生寮でも驚くほど高い)はまず選択肢から外れるので、必然的に他人と共同生活を送ることになるが、それこそが自分の精神が毎日摩耗していく最大の原因になった。誰と暮らすことになるのかは選べないし、合わない人間との暮らしはすぐ地獄に変わるからだ……。家自体の状態も古いだけではなく、住みにくいものが多かった。

 でも正直なところ、日本でのシェアハウスには少し興味がある。清潔で比較的静かなところなら短期で暮らしてみたい。

修道院の女子寮

 この施設は北ロンドンにあった。純粋な好奇心から入居していたが、寒さ対策(このとき11~12月だった)の面であまりにも過酷な環境に身を置いた結果、皮肉にもいろいろなものへの耐性が付いた。詳細は後述する。今思えば、よく生き残れたなと思う。

 修道院なので寮の管理をしているのは神に仕えるシスターたちだ。よく物語に出てくる、あの特徴的な修道服と、頭部のベールをいつも身に着けていた。基本的に冷たい感じで愛想のよい人は一人もいなかったのを覚えている。

 ここはかつて著名な人間が使っていた邸宅を改装した施設で、良い状態で残っている図書室や居間、階段は雰囲気があり美しい。それに比べ、後から建てられた居住者のための棟はびっくりするほどチープな感じで、うち捨てられた病院みたいだった。特に共用シャワー室は、6つあるうちの3つがいつも故障しているなどかなり悲惨。お世辞にも住みよい場所とはいえない。

 私の他にも10~20代の女性たちが何十人か生活していた。基本的には学生だが、なかには働いている人も。夜ご飯が提供されるタイプの寮で、毎晩のように食堂に集って話をした。あとは太めのネコがたまに建物の中へと入り込んできてかわいかった。

  • 興味深かったこと・良かったこと

今までこのような場所に滞在したことがなかったので、新しい経験ができた。

毎晩のご飯の味がおいしかったので癒された。

  • 困っていたこと

×前述のように、壊れているシャワーが多かったため非常に混雑したこと。それだけではなく共用キッチン、内部のコインランドリー、冷蔵庫の全てがいつも人と物であふれているので、ほとんど何もできなかった。しかも利用時間(超短い)が決められていたため、誰もいない早朝に下りていってお弁当をつくったり洗濯を済ませたりするようなこともできない。何のための設備なのか……。

×部屋のドアも壁もペラペラで、騒音とすきま風が酷かった。冬だったのであまりの寒さに、室内でもマフラーを巻いたりコートを羽織ったりしなければ、手がぶるぶる震えて何もできないほど。これで1度風邪による高熱を出し、週末に寝込んだ。寝る時もタイツや毛糸の帽子が手放せず、夜は特に命の危険を感じていた。イギリスの冬は積雪量こそ多くないものの、かなり厳しい。

×上記にもかかわらず、部屋の暖房(セントラルヒーティング)の稼働時間が1日数時間と驚くほど短かったこと。囚人にでもなったような気分でいつも過ごしていた。また書き忘れていたが、故障していないシャワーから出てくるのも熱いお湯ではなくぬるま湯……冬場に体調を崩さないためにはむしろ浴びないほうがよいのでは?と思うレベルのものだった。

 ここでの滞在期間は、2カ月。

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大都会ロンドンには緑もたくさん

大学の学生寮

 大学が提供している寮にも住んでみたが、運悪く騒がしい人たちが集まってしまったフラットでの共同生活は、本当に精神衛生上よくないと実感した。この時のフラットメイト達とは今でも連絡を取っているし、ロンドン滞在中はご飯に行ったり遊びに行ったりして楽しい関係を築けたが、もう一緒には暮らしたくない。基本的にみんなのことは大好きなので、家の外でならいくらでも会いたいし話したい。

 寮のフラットの形態はキッチンスペースを8人(私以外のメンバーの出身国はイギリス(二人)、カナダ、インドネシア、アラブ、韓国、香港だった)でシェアするものだった。その横のリビングが広く、みんなで一緒に映画を観たこともある。冷蔵庫やコンロ、シンク等を散らかす・汚す人と綺麗に使う人の差があまりに大きく、何度Whatsapp(LINEやメッセンジャーのようなアプリ)のグループチャットで呼びかけをしても、きちんと掃除をする人間の顔ぶれは固定されていた。

 私が借りた部屋自体は、壁が薄すぎることを除けばかなり快適で、シャワーとお手洗いは自分だけで使えるものだった。そのかわり、値段も今まで住んでいたところより高い。寒さに凍えて死ぬ心配をする必要がないという点では天国のような場所だった。

 何の異常もないのに火災報知機が鳴り、全員で建物の外に追いやられるという体験を何度かしたが、これは国内外問わず「寮生活あるある」のようだ。

  • 興味深かったこと・良かったこと

大学の寮なので、同年代や似た専攻の生徒と知り合うことができ、楽しい。情報交換もできる。人間との繋がりは貴重です。フラットメイト達は出不精な私のこともいつも遊びに誘ってくれていたので、気持ちに余裕のある時は集まりに参加した。

クリスマスやイースターなど、イベントがあるごとにリビングで食事会を開いたこと。出身国も都市もバラバラの人間たちが集っているので、それぞれの故郷の料理を振舞ったりプレゼント交換をしたりして盛り上がったのが良い思い出。また、誰かの誕生日が来るたびにみんなでお祝いをした。

郵便物をフロントで受け取ってもらえるので、小包などの配達を待機する必要がなかったこと。日中は大学にいるのでありがたい。

そして、シャワーからいつでもきちんとお湯が出た。実に素晴らしい。

  • 困っていたこと

×なぜか頻繁に、夜中の3時ごろになると廊下でパーティーのような騒ぎ(超うるさい)が始まったこと。おかげで睡眠時間と睡眠の質が大幅に損なわれることになった。別の時間帯・場所でやってほしい。何度も何度も注意したけれど改善される気配が全くないので、もう諦めた。

×フラットメイトのうち1人と原因不明のすれ違いが起き、びっくりするほど顔を合わせにくくなった。未だに何故だか分からない。気まずいので、彼がキッチン周辺にいる時には自炊しに行くのをやめた。

×壁が薄すぎて、隣の部屋でかかっている音楽がはっきりと聞こえたこと。気が散って仕方がないのでいつもイヤホンをして勉強や作業をしていた。

×盗難騒ぎがあって警察が来たこと。最悪なことにフラットメイトのうち1人が犯人で、ほどなくして寮を退去していった。一体どこへ行ったのだろう……。

 この寮での滞在期間は1年。まあまあ快適に過ごせた分、家賃が高かったのと騒音がひどかったので次の年は別のフラット(アパート)を探すことに。お金がたくさんあれば一人暮らしができるが、ロンドンでは夢のまた夢だ。

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賑やかなリージェント・ストリート

 物件探しの際には、空いている物件の大家さんにアポを取って、実際に見学をして、契約を成立させるという一連の行動に最低でも2週間ほどかかると思っておいた方がいい。運が良ければ早く決まることもあるけれど、焦って契約してもろくなことがないので熟慮をおすすめする。

 張り紙やWEBサイト、アプリに掲載してある物件の見学をしに行って犯罪に巻き込まれた人も少なくないので、全く油断ならない。かといって不動産屋やエージェントも善良なところとは限らない。ロンドンでの家探しにおいては、安易に何かを信用しないことが大切である。

 寮を退去し夏休みに日本へ一時帰国した後、また新しい住まいを探す期間中に滞在する仮の宿が必要だったので、短期で住めてホステルよりも安いところに入居していた。それに際して少し面白いことがあったのだがまた別の機会に気が向いたら書こうと思う。具体的には、仕事のお手伝いをするかわりに家賃をタダにしてもらうという経験をした。

 ともあれ、新しい住まいを何とか見つけることができたので、その話をしよう。

一般のアパートでの間借り

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キッチンにあったお花

 北ロンドンにあるこのフラットには1年間住んだ。何の因果か、初めてホームステイをしていた場所の目と鼻の先にあり、新しい場所に住み始めたというよりかは「帰ってきた」とでもいうような不思議な感覚をおぼえた。物件は、小さな時計塔のある町の片隅にある。

 住居の形態はフラットシェアで、大家さんの住むアパートの一室を借りるというもの。家賃が安くてありがたかった。不便も多かったが、それは後述する。この物件には私以外にもう一人のフラットメイトがいたが、ほとんど関わることはなく、たまに挨拶をする程度。私は毎日自炊をする気力がなくなっていたので、以前と比べて台所で作業することも減り、家にいる時はずっと部屋にいて疲れを癒そうと努めていた。

 大家さんは若い頃に仕事のためイギリスへと渡ってきて、定年退職をしたインド系の方だった。今は二つの空き部屋を貸して家賃で収入を得ている。彼女は非常に綺麗好きなひとで、フラット内はいつも清潔に保たれており快適。その点が、共用部分が無法地帯だった学生寮とは雲泥の差だった。

  • 興味深かったこと・良かったこと

大家さんとお話しするのがおもしろかったこと。何十年も前のロンドンの様子やイギリスの労働ビザ事情・住宅事情についていろいろなことを聞けたし、生活するうえでのアドバイスもくれた。生まれ育った故郷から離れて生活するという感覚を当事者として理解してくれるので、親しみやすい。

ごく稀に、余ったご飯(カレーなど)を分けてくれることがあった。当時はロクなものを食べていなかったのでありがたかった。

周辺の地域もフラット自体も静かな環境だったこと。治安がとても良いというと語弊があるが、危ない人間が闊歩しているようなエリアでもなかった。

  • 困っていたこと

×セントラルヒーティングやシャワーに繋がっているお湯のパイプが建物の外を通っていたのが原因で、冬にそれが凍りつき、極寒の中で1週間ほどのシャワー&暖房なし生活を余儀なくされた。完全に修道院の寮以来の災難だし、死ぬかと思った。冬でなくてもたまにお湯が出なくなる時があった。

×大家さんから、食べるものや休日の過ごし方などに頻繁に口を出されていて、肩身が狭かった。彼女が家族と電話している声がよく聞こえてきたが、私やもう一人のフラットメイトのライフスタイルについての不満(なぜか)をよく語っており、監視されているような気分でいた。

×訪問客がキッチンを長い間占領していることがあり、その場合は中に入って飲食物を取りに行けない。外で適当なものを買って食べた。大家さんの息子夫婦や親戚、お孫さんたちが泊まりにくるときは特にそうする必要があった。

×イギリスの家には壁が薄いものが多いが、ここも例外なくそうで、話し声や笑い声は筒抜け。驚くべきことに上や下の階からも音が聞こえてくる。私も迷惑をかけているのではないかと非常に気をつかった。

×一度だけゴミを漁られたことがあり、それ以来ずっと落ち着かなかった。尋ねても納得できるような理由が返ってこない。捨てたものを調べられる理由が全く分からないし、純粋に恐怖でしかなかった。

×その他、各種の難癖を頻繁につけられる。何かがあると大抵は自分のせいにされた。

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セント・パンクラス駅

 とりあえず、住居に関するイギリス留学の思い出はざっとこんな感じだ。

 ロンドンにいる間はどこに住んでいても安らぐことがなく、常に何かに苛まれていた。心から「家」と呼べるような家がない。強いて言うのならば、いつも入り浸っていた美術館やギャラリー、もしくは公園などが心の拠り所になっていたと思う。それからロンドンという街自体の包容力というか、寛容さは私にとって救いだった。少なくとも自分の存在を受け入れられている、と感じることができたので。

 あと、散歩や旅行などをしている最中は怖いことを忘れられた。イギリスという国、そしてロンドンの街の至るところでは、不便さを補って余りあるたくさんのきらめきが隠れていて不意に人々を照らすのだ。

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 数年のうちに引っ越しを何度もするのは疲れたし、合わなかったり話の通じなかったりする人達と不備のある家で共同生活をするのはもう嫌だ。自分の部屋さえあれば誰かと住むこと自体は全く問題ないので、他人でも気心の知れた人間でも構わないから、一緒に協力し合って静かにのんびり暮らしたい。