memorandum

記録帖

南西ロンドン散歩:リッチモンドからキングストン、宮殿前まで

 今はようやく落ち着く兆しを見せているが、7月の頭、ロンドンは息の詰まるような暑さだった。日本の夏とは少し性質が異なる気がするが、「雨の多い国イギリス」というイメージに反して晴れの日が1週間以上続いており、最近では気温が30度を超える日も観測されたという。空に目を向けてもほんの数滴の雨粒すら降ってくる気配がなかった。そして天気予報を調べてみれば、それからしばらく先の日付の欄にもずらりと太陽(と少しの雲)のアイコンが並んでいるというありさまなのである。

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 あれほど恋しく思っていた晴天をこうも疎ましく思う日が来ることになろうとは、全く予想だにしていなかった。今では薄着の長袖一枚でも快適に過ごすことのできる日を求めてやまない。思えば、5月のころは肌寒いとすら感じる日もちらほらあったのだ。そしてその月の下旬、とある週末に私達は久しぶりに青い空を見ることのできた喜びで胸を一杯にし、街の中心部から離れた位置にある広大な公園へと足を運んでいた。

 南西ロンドンにはいろいろなものがあるが、最近ではテニスの大会、ウィンブルドン選手権の話題を頻繁に耳にするようになった。試合はその名の通りにウィンブルドンのエリアで開催されている。他にも周辺地域は川沿いの宮殿や植物園、マーケットなど見どころに溢れた場所であるが、そこで特に何をするというわけでもなく、ただふらふらと歩いているだけでもおもしろい。涼しい秋が訪れた際にはまた特定の場所を目的に訪れることを画策しているが、まずは散策した場所とその風景、食したものの記録を簡単に残しておく。

参考サイト:

www.royalparks.org.uk(英国王立公園のサイト)

www.inkingston.co.uk(キングストン観光情報)

www.hrp.org.uk/hampton-court-palace(ハンプトン・コート・パレス)

  • リッチモンド・パーク (Richmond Park)

 この公園の北の方角には同名のリッチモンドという駅があるが、実はそこから歩いて公園へと足を踏み入れるためにはかなり(25~30分ほど)歩く必要がある。もしくは、南端の方角から侵入したければサウス・ウェスタン鉄道のNorbitonという駅で降りるといい。地下鉄ではないがオイスターカードの使用可能圏内にある。このとき私達は、リッチモンド駅からテムズ川沿いへと向かい坂を上って行く道を選んだ。

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 前方に橋をのぞみ、レストランやカフェのテラスの賑わいを横目に歩を進めると、弾き語りの声が聞こえてくることもある。やはり自分の暮らしている場所や市内にある他の地域とはだいぶ異なっている部分も発見することができおもしろい。例えば北部ロンドンには海抜が高い場所が多く、眺めのいいところに出ると緑深い丘の上から市を見下ろすような感じになることが多いが、ここは川沿いの街だ。対岸に並ぶ家の様子や浮かぶ小さな船の醸し出す空気は独特のものがある。

 全体的な雰囲気は後述するキングストンやハンプトン・コートに似ており、都心から離れた場所にあるのどかさを感じることができるので休日の散歩にはもってこい。家賃が高額になる傾向のある地域ではあるが、私も人生の中で一度は住んでみたいなと常々感じている場所だ。

 さて、汗をかきながら遂に辿り着いたリッチモンド・パークは約2500エーカーと、ロンドンに存在する王立公園の中では最大の広さを誇っている。木々や草原、池や沼といったそれぞれの場所に多くの野生動物が暮らしており、この風景の一部だけを切り取ってみると、とても都心からわずか数十分で行くことのできるような場所とは思えない。17世紀にチャールズ1世によって鹿たちの保護区として指定される以前からも、ここは英国王室との深い繋がりを持っていた。

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公園の入り口からしばらく歩いた場所

 一面に広がるこの初夏の空と草原。特に古い朽ちた木々が、半ば地面に埋まっているのを眺めていると気分が高揚する。よいところだ。週末ということもあってか犬を連れてきている人々が多く見受けられたが、確かに私も実家に住む犬と一緒にここを歩いてみたいと思う。リッチモンド・パークは狩猟のフィールドとして用いられてきた歴史があるため、かつてそこにいた人間の傍らに仕えた犬たちもここを駆け回っていたのだろうと想像できる。

 前述したように、リッチモンド・パークには鹿が数多く生息している。面積は広大だが、私が訪れた時は北端から南端へ至るまでの道程で、2回ほどその群れを拝むことができた。保護区で生活しているとはいえ野生の動物、人間が距離を詰めるともちろん逃げる。不用意に接触を図ろうとすると攻撃されてしまうこともあるので注意が必要だ。例えば奈良の東大寺周辺でたむろしているような、おせんべい収集鹿の方々と一緒にしてはいけない。

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鹿たちを遠目から

 水辺では白鳥や鴨の動きを観察するだけではなく、太陽の光を少しでも多く取り込もうと試み寝そべっている半裸の人々を横目に昼食をとった。大きな雲で陽の光が遮られ地上が日陰になるときは、みな一斉に音もなく服を着始めるのが地味におもしろい。

 その後は太陽の下で無限に続くのではないかとも思える歩行をひたすらに続け、やがてイザベラ・プランテーションと呼ばれる40エーカーほどの区画にたどり着く。ここに鹿が入ることはできない(しかしキツネが生息しているようだ)。周囲の環境とは異なり小さな川が静かに流れていたり、木陰で沢山の花が咲いていたり、独自の生態系が存在する小さな箱庭のような場所である。

 公式サイトではこの「イザベラ」という名の由来に対する言及があった。いくつかの可能性が考えられるそうだが、有力なのはもともと15世紀ごろに使用されていた、くすんだ黄のかった灰色を意味する"Isabel"から来たとされる説だという。ここは現在のように色とりどりの草木が植えられる以前、17世紀の頃には沼地のような状態であったらしい。

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 ここにある花々の中で日本と深い関係を持つものは、おそらく《久留米アザレア》であろう――これは英語でもそのまま "Kurume Azalea" と呼ばれる、ツツジの一種だ。私はこの花については全く知らず、帰ってきてからイザベラ・プランテーション内の動植物について調べた結果、その名前がどこか日本らしいものであるということに気が付いた。日本から西洋に久留米アザレアを持ち込んだのは植物コレクターのアーネスト・ウィルソンであるといわれており、それが1920年代のことであるそうだ。

 ちなみに彼の出生地は英国コッツウォルズの北部にあるマーケットタウン、チッピングカムデンである。

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 私達はこの公園に北から足を踏み入れてキングストン方面へと行ったが、リッチモンド駅からはヴィクトリア朝時代の温室が美しい、王立キュー植物園も遠くない。さらにそこからテムズ川にそって南下すれば、庭園や昔の家具などを楽しむことのできる17世紀の邸宅、ハム・ハウスというものも存在している(ちなみにここは「幽霊屋敷」としても名の通っている場所で、ツアーも開催されている。イギリスらしい)。今後、それらの施設を訪れた際のことも別に記してみる予定だ。

  • キングストン・アポン・テムズ (Kingston Upon Thames)

 リッチモンド・パークの南端から出て、私達はかなりの距離を歩いた。この間は冗談ではなく今にも干からびるかもしれないという心持ちでいた。やがてテムズ川のほとりへと到達することができた時には、ようやく足を休めて日陰へと移動することができるという安心感が、目の前の景色を美しいと感じる器官に大きく働きかけていたと思う。空気がきらめいていた。

 ここがキングストン・アポン・テムズ、以下キングストンと表記するが、もちろんカリブ海に浮かぶ島国ジャマイカの首都とは別のものを意味している。

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 キングストン橋の横には大きなジョンルイス(イギリスのデパート)やショッピングセンターなど、近代的な印象を与える綺麗で大きな建物がまず目に付く。ここはロンドンの中にある高級住宅街のうちのひとつだ。市の中心部に出ていくには電車を利用しても30分ほどかかるが、衣料品店や雑貨屋などのお店をはじめ、大抵のものはこの周辺に揃っているのでその必要性はあまり感じられない。レストランなどの飲食店も多くある。この晴れた週末、郊外の川辺にあるお洒落な街で時間を過ごそうという人は少なくないようで、日中はどこも賑わいを見せていた。

 歴史の1ページの上にこの街の名が初めて現れたのは紀元9世紀の頃、今からおおよそ1100年以上前のことであるといわれている。どうやらアングロサクソンの時代には王の戴冠式がここで執り行われていたようで、証拠にコロネーション・ストーン(戴冠式の石)と呼ばれるものが残されており、現在ではホグスミルという川の側に安置され公開されている。

 ちなみにこの川にかかるクラッターン橋はロンドンに現存する橋の中では最も古く、12世紀に建造されたものであるそうだ。中世の頃は"Clateryngbrugge"という名前で呼ばれていたそうだが、これはもともと、キングストンマーケットへと橋を通って向かう馬たちの足音を表現したものだと考えられている。

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 比較的新しい建物もチューダー様式風の見た目を採用していることが多く、それが街の雰囲気づくりに貢献しているようだ。いわゆるビルのような高さのある建物がほとんどないので、どこにいても空を見上げることができることから、全体に開放的な印象を受けるのかもしれない。

 この時は川沿いで食事をすることにし、テラスに座ったのだけれどとても良い気分になった。日差しはとてもきつい。ロブスターのリゾットやカニとアボカドの前菜など、海産物を使った料理からは夏らしさを感じたし、久しぶりに食べたシュニッツェルはレモンの風味が爽やかでどこか安心した。暑いときの対策としては水を飲むだけでは不十分で、適切な量の塩分や糖分を摂ることも必要なのだということを後で知った。

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リゾット

Browns Brasserie & Bar, Kingston

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マーケットプレイス

 キングストンではいくつかのマーケットが開催されており、ほぼ毎日開かれているものと曜日ごとのものなどがある。上の写真は街の中心にある広場で、日中はこのマーケットのシンボルがたくさんの屋台に囲まれるのだ。新鮮な魚や野菜がそれらの屋根の下でたくさん販売されている様子はやはり美しいし心が躍る。なかには日本の食べ物を売っているところも見かけた。

 そしてそこから少し離れた場所にある、この街のOld London Roadという通りにはとある美術作品が設置されている。スコットランド出身の彫刻家デイヴィッド・マックが自治体に依頼を受けて制作したこのインスタレーションはタイトルを《Out of Order》といい、あの赤い電話ボックスがドミノ倒しのように傾き並んでいるという形式のものだ。

 彼は1988年にターナー賞の候補に選出されている。大量生産された製品を集積し作品へと変化させるという手法がその特徴だ。

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Out of Order

 ロンドン観光という枠では大きく取り上げられることの少ないキングストンの街だが、中心地からしばらくの間電車に揺られ、訪れるだけの価値がある場所だと思う。特に晴れた日はおすすめだ。私はまだ探検していないけれど、雨の日などはショッピングセンター内をうろついてみるのもおもしろいかもしれない。

  • ハンプトン・コート (Hampton Court)

 ロンドン郊外・キングストンの西には、ハンプトン・コート・パレスという美しいチューダー様式の宮殿が存在している。橋を渡って左側に真っ直ぐ伸びる道を進むか、川沿いに迂回していくかすると少しずつその姿が見えてくるのだが、徒歩で行くのならば数十分ほど時間がかかるということを念頭に置いておくのが良いと個人的には思う。私は以前、特に何も考えず散歩を始めたのでかなり疲れてしまった(まあ心地の良い場所ではあったけれど)。今回は周辺を歩き回っていただけなので、内部には入っていない。

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 この宮殿はもともと一般的な貴族の邸宅であったのだという。それをトマス・ワルジーという大法官が、英国のみならず、欧州各国から訪れる君主たちをもてなすために現在のような姿に改装した。やがて膨大な資金をつぎ込み完成したハンプトン・コート・パレスはヘンリー8世の目にとまり、彼はここで生活を送るだけではなく、宮殿を訪問者のための宿泊施設や劇場など、余暇を過ごすための広大なレクリエーション施設として利用していたそうだ。

 ヘンリー8世は晩餐会の開催や高価な芸術品の収集をはじめとし、あらゆる方法でその権力を誇示しようとしていた。しかしながらそんな華やかさとは別に、宮殿には彼の悲しく恐ろしい記憶も共に焼き付いている。

 王には6人の妻がいたが、そのうちの3番目の王妃であるジェーン・シーモアは後の王、エドワード6世を出産しハンプトン・コートで亡くなった。彼女の幽霊は宮殿内で、白衣の姿でその命日に目撃されることがあるという。また5番目の王妃キャサリンは不倫と反逆罪の容疑で逮捕され、やがてロンドン塔で処刑されているが、宮殿の廊下では今でも慈悲を求める彼女の叫び声が響き渡ることがあるのだという。

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壁を這う植物

 このように晴れ渡った空の下の宮殿から怪談を連想することは難しい。その後チューダー朝からスチュアート朝の時代などを経て、ハンプトン・コート・パレスが現在のように一般へと公開されるようになったのは1838年のことである。

 訪問時はキングストンから歩いてくるのもいいが、ロンドン中心部からはナショナル・レイル(サウス・ウエスタン線)のHampton Court駅で降りるといい。オイスターカードのゾーンは6だ。いつか機会があれば、この横から小さな船に乗って地域を周遊してみたいとも密かに思っている。

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