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記録帖

ハムステッド周辺散策:貴族の邸宅、フロイト博物館とグルジア(ジョージア)料理店

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ハムステッド・ヒースの小径

 イギリスの首都、ロンドンは実に広い街だと思う。これは単なる面積の話ではなく、一概にロンドンといってもエリアによって雰囲気や住んでいる人々が大きく異なるために、まるで都市そのものが一つの国か、あるいは世界の縮図のように感じられることがある……という印象を持ったところから生まれた個人の感想だ。そして、私自身は初めて英国に長期滞在していた頃から、生活の拠点のほとんどを北部ロンドンに置いていた。住む場所に対して特に強いこだわりを持っていたというわけではないので、単純に自分の出した条件(予算や清潔さ)に合う物件がたまたまそのエリア周辺で見つかることが多かったというだけだ。

 ここには北部に広がるハムステッド・ヒースをはじめとし、その端にある17世紀の邸宅や住宅街の隅の博物館、そしてグルジア(ジョージア)料理店などについて周辺地域の散策や施設訪問の記録を残しておく。また新しい場所を見つけ次第、記載する項目が増えていく予定。

参考サイト:

visitlondon.com(イギリス観光庁のサイト)

english-heritage.org.uk(イングリッシュ・ヘリテージのサイト)

burghhouse.org.uk(ハムステッド博物館 / バージ・ハウス)

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ケンウッド・ハウスの外観
  • エリア概要

 5月の中旬から末にかけて、ロンドンの至る所では藤の花――英語ではウィステリア(Wisteria)と呼ばれるものを沢山見ることができた。ハムステッドもその例外ではない。特に住宅街のあたりを歩いているとよくわかるが、ガーデニングを楽しんでいる人の割合が高く、それぞれの庭に植えられた植物の種類やその多様なレイアウトを眺めるのはおもしろい。

 藤は枝をつるとして伸ばし何かに絡んで成長するという性質を持っているためか、家のドア付近や階段の手すり、バルコニーなどの付近で育てて手入れをすると、開花の季節が巡ってくる頃にはまるで精巧な装飾品か壁紙、あるいはドレスのようなその姿を私達の眼前にあらわすのだ。

 これはインスタグラムに投稿されていた写真のうちのひとつ。

 

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 ハムステッドと呼ばれる地域(ウェスト&サウス・ハムステッドを含む)には、英国にゆかりのある著名人がかつて住んだ家に掲げられる標識「ブルー・プラーク(Blue Plaque)」が数多く存在している。例えばその風景画で名高いジョン・コンスタブル、彫刻家ヘンリー・ムーア、そして後述する心理学者ジークムント・フロイトといった顔ぶれの人物たちがここに住んでいた。現在でもここは高級住宅地として知られており、いわゆる文化的な雰囲気を好む人々に非常に人気があるエリアなのだ。

 この近辺は18世紀ごろから発展をはじめた。その理由のうちの一つには、ミネラルを含む水が沸きだしていたことでその存在が広告上で宣伝され、湯治としての効能を求めてやってくる人々が多くいた、ということがあげられる。しかしながらロンドン中心部からの距離が離れていたことや(当時の交通網はそこまで発達していなかった)周辺地域が騒がしくなってきたことから、地域の人口はいちど落ち込んでしまった。その後、19世紀に開通した鉄道により利便性が増したことによって住民や訪問客の数は再び増え、教会や学校などと行った新しい施設が次々に建てられたのだという。そして1888年、ハムステッドは正式にロンドンという街の一部となった。

 私がかつて短期間の滞在をしていたのは地下鉄の駅周辺であったが、このノーザンラインが通るハムステッド駅はロンドンの中でも最も地中深い場所に造られたものであり、海抜よりもおおよそ58メートルほど下に存在している。エレベーターで改札の階から下に降りた後はさらにいくつかの階段を利用する必要があるので、長期滞在に必要な荷物を持って地下鉄を使った時は疲労を感じた。しかし、タクシーを拾うよりもはるかに安く済むのだから仕方がない。移動手段があるだけありがたいのだ。

ハムステッドの歴史:History of Hampstead | Burgh House & Hampstead Museum

  • ハムステッド・ヒースとケンウッド・ハウス(Kenwood House)

 さて、ここはロンドンの中でも緑地の占める割合が多い地域だが、それに大きく貢献しているのが現時点で320ヘクタールほどの面積を誇るハムステッド・ヒースだ。高台にあるこの公園からはセント・ポール大聖堂やロンドン・アイまでもを見渡すことができる。晴れの日も小雨の日も犬を連れてきたりランニングをしたりする人たちがたくさんおり、まさに市民の憩いの場という表現がふさわしい。2017年に公開された映画〈マルクス・エンゲルス〉は記憶に新しいが、カール・マルクスがかつて英国を訪れていた際、ハムステッド・ヒースは彼のお気に入りの場所でもあったのだ。

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風に揺れるブルーベル

 私がその北端を訪れてた日はあいにくの雨で、それでも草地の横にある道に沿って歩を進めていった先にブルーベルの群生地を発見し心が躍った。青いカーペットのように地を覆う彼らの姿は、まるで薄暗がりの中でそっと発光しているかのようにも思われて嘆息した。そこから遠くない場所に、綺麗な白とベージュで塗られた外壁が印象的な、大きなお屋敷が佇んでいる。名前はケンウッド・ハウス。

 現在の建物の基礎になった煉瓦の土台はおそらく17世紀に造られたものだと考えられている。物件の所有者は時代によって目まぐるしく移り変わっているが、現在はイングリッシュ・ヘリテージがその管理と修復を担当しており、一般に無料で公開されている(訪問者は寄付として、図録の冊子やポストカードなどを購入することでそのサポートができる)。ちなみに上の項で述べたブルー・プラークもこの団体によって設置されているものなのだ。

 お屋敷の構造や外観は18世紀の建築家ロバート・アダムによって設計されたもので、彼はケンウッドハウスを増改築し、さらに部屋ごとのデザインも考案した。代表的なのは1階のグレート・ライブラリーと呼ばれる広い図書室で、古い書籍とともに、美しく修復されたパステルカラーの天井の意匠をソファに座って眺めることができる。

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 ここで鑑賞することができるもののなかでは、こういった内装や家具もさることながら、ヨーロッパの絵画作品の傑作が素晴らしい。日本でも知名度が高い画家の作品の中ではレンブラントの〈自画像〉や構図が面白いフェルメールの〈ギターを弾く女〉があるが、ほかにもレインズバラやヴァン・ダイクなど、西洋美術に少しでも興味のある人間なら一度はその目で鑑賞したいと願う作品たちが軒を連ねている。

 それにもかかわらず、中心部から離れた立地と旅行客の間での知名度がそれほど高くないという要素が重なって、屋敷の周辺もその内部も静かなものだ。特に数日間のみロンドンに滞在している方々がこちらのほうまで出てくるのは、時間の関係もあり難しいと思う。

 また館内にはボランティアの方々が常駐しており、部屋ごとの用途や歴史、かつてここに住んでいた歴代の人間、加えて展示されている絵画作品や家具などの説明を行っていた。また遠くないうちに足を運ぶだろう。地下鉄やオーバーグラウンド線の駅からは遠いので(ハイゲート駅からは徒歩20分といったところか)、バスの210番か603番を利用し、Compton Avenue/Kenwood Houseという停留所で降りれば簡単にたどり着くことができる。

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図書室の明かり

ケンウッド・ハウス:Kenwood | English Heritage

 また、かつての貴族が収集していた作品を公開しているロンドンの美術館の中にはこういった場所もある。絵画だけではなく甲冑や銃、陶器などの展示品も非常に充実しているところだ。

  • フロイト博物館(Freud Museum London)

 精神分析学者ジークムント・フロイトの名はあまりに有名だが、そんな彼がその死の直前まで過ごしていた家がこのロンドン、ハムステッドの住宅街の片隅にぽつりと存在しているということを知っている人間はさほど多くない。1938年当時のフロイトがオーストリアからイギリスへと渡ることを決めたのは、同国のナチス党の手を逃れるためであった。この家を博物館として一般に公開したいと願ったのは彼の娘であるアンナ・フロイトで、彼女自身もその生涯を終えるまでの間、研究をしながらここに住み続けていたのだ。

 ロンドンに移り住んでからフロイトが逝去するまではわずか1年と少しの短い期間であった。晩年の彼はがんによる症状とその治療に苦しんでおり、主治医と娘のふたりに安楽死に関する相談をした後で(娘のアンナは当初この意向に反対していたが)モルヒネの大量投薬を受けることとなり、1939年9月23日の夜中にその生涯を終えたという記録が残っている。

 ここイギリスの他にも、オーストリア(彼の生家)とチェコにフロイト博物館が存在しているようだ。

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 建物の右に並ぶ二枚のブルー・プラークはそれぞれがフロイトと娘アンナのもの。

 ここに展示されているのは彼らが生前に利用していた家具の一部、蔵書、そして研究に使われていた古今東西の芸術品や工芸品たちである。なかでも目玉といえる展示品は、フロイトがここに訪れた患者たちを実際にそこに横たえて話を聞いたという長椅子と、娘に送った翡翠のブローチであろう。

 著名人の実際の住居を改装して作られた博物館や美術館へと足を運ぶたびに思うのだが、遺されている物品たちは、どこか別の場所で展示されているものを見る時よりもずっとなまなましい印象をこちらに与えてくる。その存在がそこに焼き付いているかのように。

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館内のサンルーム

 ちなみにアンナ・フロイトは子どもの精神分析を専門とした研究者かつ教育者であった。幼少期は厳しい母親や他の兄弟姉妹たちとの折り合いをつけることが難しいとしばしば感じていたらしく、父親のほうへと親しみの気持ちを向けることが大きかったという。しばらくの間オーストリアの学校で教師としての経験を積み、生徒たちとのかかわりの中で多くの発見をした後、主に成人した人間の精神を扱っていた父親とは対照的に子供とその情動や思考に大きな関心を持つようになっていった。当時はあまり重要視されていなかったそれらを、成人のおまけのような位置づけではなく、精神分析のなかで独立した項目として扱った彼女の試みは画期的なものだったのだ。

 フロイト博物館は地下鉄ジュビリー・ラインとメトロポリタン・ラインのFinchley Road駅が最寄りで、オーバーグラウンド線の乗り場も近い。

フロイト博物館:Freud Museum London

  • グルジア(ジョージア)料理店

 サウス・ハムステッドの界隈にこのレストランはある。

Tamada

 正直なところ、どうして突然自分がグルジア料理を食べてみたくなったのかははっきりと覚えていない。確かロシア料理のピロシキのことを考えていて、そこからボルシチやそれに類する料理の味を連想し、類似の食材を使った何かを試してみたいと思っていたような気もする。最終的にはダンプリングが食べたくなり、ヒンカリというグルジア料理について知った結果ロンドンでそれを食べられる場所へと足を運ぶに至った。

 全く脈絡がない。

 お店のレビューを読むと混雑していることもあるようだが、訪れた時は私達二人ともう一人のお客さんしかいなかった。店内は広くないように見えるが地下にもテーブル席がある。それでは、食べたものについて順に記載してみることにしよう。

・Lobio / Blini

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 詳細の分かるような写真がないのだが、奥にある深めのお皿に入っているのがロビオと呼ばれているものだ。これはコリアンダーやニンニクなどの練り込まれた赤い豆のペーストのようなもので、今回は温かいものを注文してみた。後で調べてみたところ、緑色の豆を使っている場合や、冷やして提供される場合もあるそう。コショウをはじめとしたスパイスの効いている感じがして非常に食欲をそそられた。

 そして手前にある春巻きのような料理はBliniというらしい。ひき肉と玉ねぎがくるまれた生地は比較的やわらかく、以前に口にしたものの中で非常に似通った味のものがあたのだが、名前が出てこない。個人的な所感だが、グルジア料理には日本人に親しみやすい食材や風味のものが多いと思った。この国は地理的にもヨーロッパとアジアのはざまに位置しているようなところなので、おそらくは食事を含めた文化の発展の過程で、それぞれの特徴を少しずつ受け継いでいるのだろう。それゆえどこかに共通点があってもおかしくない。

・Khinkali

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 今回のお目当ての料理であるヒンカリ(Khinkali)というものがこれだ。構造は小籠包にそっくりで、ナイフをそっと入れると、中から肉汁がドバっと溢れてくる。もちもちとした生地に包まれているのは豚と牛の合いびき肉で、それは玉ねぎやハーブ類と一緒に調理されたもの。聞くところによると、ヒンカリは中の汁を零れないように全て口で吸ってから食べるのが一番おいしいそうだが、なんとなくそうするのは憚られたので普通に切っていただいてしまった。考えてみれば巾着状になっている頭の部分は指でつまむのにちょうどいい場所のように思える。

  余談だが、ポーランドをはじめとする東欧の料理にピエロギというものがあり、これも中身は違えど同じダンプリングの仲間で、スーパーで買えることもあり最近はまっている。生地がもちもちしているという部分はヒンカリと同じだ。チーズとポテトを中心としたフィリングのピエロギはキャベツと一緒にバターを使って調理すると非常に美味しくなるということに気付いた。

・Pelamushi

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 これはぶどう果汁を使ったゼリーのデザートで、温かい状態で提供された。上にかかっているのは砕かれたクルミの粉だ。舌触りは柔らかくとろみがあり、甘さは控えめ。冷やされていないせいか、まるで風邪を引いた日にお粥か何かを食べている時のような気分にもなる。ところでグルジアのワインは美味しいと評判だが、上質なぶどうが多く採れるというのもその理由の一つなのだろう。それがこうしてデザートをはじめとした料理にも使われている。

 また、このレストランでは出されていないが「チュルチヘラ」という名前のデザートがあり、これはぶどう果汁を砂糖と煮詰め、さらに乾燥させて固くしたものだという。干されている際の見た目が少しおどろおどろしいので知らなければ敬遠してしまいそうだが、いつか見かけた際には試してみると思う。

 これら合計三品を一緒に行った恋人とシェアした。量はそれでちょうどいいくらい。グルジア料理を食べるのは初めてだったが、前菜からデザートまで十分に楽しむことができた。普段の外食の基準からすると値段は少し高めだけれど美味しかったので満足。特にデザートのぶどうゼリーを取り扱っているグルジア料理レストランはロンドンの中でもほとんどないようなので、また食べに行きたい。

 ハムステッド周辺エリアの現時点での散策記録はこんな感じだ。

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 ところで、上の項のフロイト美術館からさほど遠くないところにカムデン・アーツ・センターというギャラリーがある。主にコンテンポラリー・アート、現代の作家の作品が展示されているので、もしも興味のある人がいればぜひ、ふらりと足を運んでみて欲しい。

6月17日 追記:

 ところでここ数週間のうちにこのブログを読んでくださる方の数が非常に増え、驚いていたのだが、どうやら以下のはてなブログ公式の記事内に前回のエントリーがひっそりと掲載されていたよう。自分のために書いているものだが、訪れてくれた人が何かを楽しんでくれるのならばそれはとても嬉しい。

blog.hatenablog.com