memorandum

記録帖

北欧の街オスロ①:美術館・博物館と海辺の城塞

 ここ最近のロンドンでは気温が20度を超えるような日が続いているが、そこで昨年の5月、ちょうど今のような季節に、大学での友人と共にノルウェーの首都・オスロを訪れた時のことを思い出した(北欧の方はここよりもきっと寒いだろうと上着の準備をしていったのに、皮肉なことにじっとりと雨が降った出発日のイギリスよりも快晴のオスロの方が暖かかったのが印象的だった)。

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中央駅の周辺

 旅行の話を最初に持ち出してきたのは彼女の方だ。スタンステッド空港からの航空券が安かったことを主な理由として、ムンクをはじめとした北欧の芸術家たちの作品に触れに行こうと話し、加えてひとつの年度の終わりを祝するために、私達は嬉々として飛行機へと乗り込んだ。行きと帰りの日を含めると5日間、実際に観光に使ったのは3日間という短さの旅であったけれど、すべての日が暖かく晴れており天国のようだったその様子を、今でも鮮明に脳裏へと呼び起こすことができる。残されている写真たちを眺めても、全体に占める青い色彩の割合が非常に高い。

 ここには滞在中に足を運ぶことのできたいくつかの文化施設・古城について、思い出せることと写真のうちのいくつか、また改めて調べたことなどを書き残しておく。

 それとは別に、基本的な情報や街歩きの記録、おいしかった食事などの情報も遠くないうちにまとめるつもりだ。私はこうして自分が書き残したことを、幾年もの月日が経った後に改めて見返すのをとても楽しみにしている。

参考サイト:

Visitoslo.com (オスロ観光情報)

Nasjonalmuseet.no (国立美術館のサイト)

TheCulturetrip.com (文化・史跡・観光情報サイト)

  • 役立った観光パス

 イギリスにいるとつい忘れてしまいそうになるが、日本を含む他の国々では美術館や博物館への入場が有料であるところの方が多く、ノルウェーもその例外ではない。現地滞在中にできるだけたくさんの施設を見て周るための出費が多くなるのは貧乏学生にとって厳しい事実だが、そんな人間のために発行されている観光パスがある。名前もそのまま"Oslo Pass"というものだ。

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高台からの眺め

 オスロ・パスを利用すれば指定の施設への入場が無料になる。またこれによりバス・トラム・地下鉄などの公共の交通機関、博物館島へのフェリーも乗り降り自由、加えていくつか開催されているツアーや一部の飲食店での割引が利用できるので、私達はこれを所持していたおかげで特に何にも煩わされることなく市内を移動することができた。特に美術館・博物館めぐりをしようとしている人々にとっては便利な仕組みだと思う。

 パスには24時間・48時間・72時間といった3つの異なる有効期限があり、値段もそれぞれに異なっているので、購入する際は自分がオスロに滞在する期間を踏まえて選択するといい。オンラインと現地のどちらでも購入できるが、実際に中央駅に到着した際に窓口で直接購入するほうが簡単に感じた。英語が通じ、旅行客の扱いに慣れているスタッフがいるので安心だ。

 オスロの街は地図上で見るよりも大きく広く感じた。時間と体力に余裕があるなら自分の足で回るのも楽しいが、やはり公共の交通機関は便利だし、乗り物の車内から眺める景色はまた違った面白さを持っていた。

Oslo Passについて:Oslo Pass - your ticket to experiencing Oslo

  • アーケシュフース城 (Akershus slott/festning)

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 2013年に公開されたディズニーのミュージカル映画に"Frozen"(邦題:アナと雪の女王)というものがある。そして作品中で主人公2人の姉妹が住まう城のデザインに影響を与えたといわれているのが、実在する中世の城塞、このアーケシュフース城なのだ。加えてFrozenの舞台となるアレンデール王国の名称はオスロの南西に位置する街、Arendalから来たものだとされている。

 ちなみにその劇中で、氷の魔法を使うことのできる女王・エルサを演じているのはイディナ・メンゼルなのであるが、彼女はブロードウェイ発のミュージカル《ウィキッド》のオリジナルキャストでもあり、かつてはエルファバ役として舞台に上がっていた。おもしろいことに、彼女が演じた双方のキャラクターには「周囲の視線を非常に気にしている」ことや「妹を大切に思っている」、そして「本来自分が持っている力を抑圧から解放することを望んでいる」といった多くの共通点がある。閑話休題。

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 城の建造が開始されたのは1299年、13世紀末のことであったといわれている。その後、デンマーク=ノルウェー(連合王国であった)国王クリスチャン4世(1588-1648)の時代にルネッサンスの影響も受け、ここは王族ための住まいとして改装された。ちなみに彼はその治世の間、このアーケシュフース城の他にも多くの建設事業に着手したことで名が知れているが、その多くはノルウェーではなくデンマーク国内で行われていたものだ。

 城の内部は外から見るよりも広く、最上階にはチャペルもあり、海沿いにかつて軍事目的で建設されたこの城塞は数年前に訪れたフランスのモン・サン=ミシェル(こちらは修道院が基だが)をふと連想させられた。ここにもタペストリーや家具をはじめ、甲冑や武器などが設置してある。

 部屋から部屋、階段から階段を経て地下から上の階まで、まるで迷宮の中を彷徨っているかのように移動するのは楽しい。細い通路やかつての監獄などを発見するとさらにわくわくしてくる。

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 チャペルでは、ステンドグラスの向こう側に透けて見える空がとても美しかった。木の梁がむき出しになっている天井もいい。

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 さきほど牢獄という言葉を使ったが、ここの一部が刑務所という用途で使われていたのは19世紀のことだ。やがて1905年のノルウェー独立後、古くなっていた城の修復作業や歴史的な調査が改めて行われていたのだが、ナチス・ドイツの台頭に際して1940~45年の間に城塞は彼らに占拠され、牢獄や軍の駐屯地として使われたほか、レジスタンスとして戦った40人ほどのノルウェー人がここで殺されたのだという。やがて終戦の結果を受けここで処刑された最後の人間は、1942年に国の大統領へと指名された、ノルウェー・ナチス党の創始者であるヴィドクン・クヴィスリングであった。

 その後かつて立ち上がり抵抗したレジスタンス達のための記念碑が城の近くに建てられ、血塗られた歴史の舞台にはここで一旦幕が引かれることとなる。

 ちなみに城の北東にある建物にはかつての王や王妃たちが葬られているほか、なんと中世に生きた二人の王様の頭部の骨が壁に埋め込まれている場所があるのだという。それらに影響されてか、幽霊にまつわる噂などがまことしやかに囁かれているそうだ。

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壁紙のパターン

 城は海沿いの高台にあるので眺めがよく、このように初夏などの時期は風がとても気持ちいい。周囲の芝生では名前の分からない大きな鳥たちがひなたぼっこをしていた。

アーケシュフース城:Akershus Fortress

  • ナショナル・ギャラリー (Nasjonalgalleriet)

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エントランス

 ノルウェーを中心とした芸術家の作品群を一度に鑑賞できる贅沢な場所がここ。その他にも収蔵されているヨーロッパ美術のなかでも目立つのは、かのクラーナハやジェレンティレスキの絵画作品やギリシャ・ローマの彫刻である。公式サイトによれば、このギャラリーが設立された当初の運営資金は主に寄付によるものであり、また現在の建物のある場所へとコレクションが設置されたのは1880年のことだそうだ。今では、ここはノルウェーの美術館の中で最も多い収蔵品数を誇っている。

 その立地は王宮のある公園の近くで、歩いていると赤茶色のレンガの外観が特徴的な建物の周囲に花壇や、いくつかの彫刻が設置されているのも見ることができた。もちろん天候の影響も大きいが、それを差し引いてもここは美しい街だと改めて感じさせられる。

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 上の絵画はノルウェーの代表的な画家ハラルド・ソールベリの手によるものだ。彼は美術史上で、新ロマン主義の芸術家として扱われている。

 画面を前にすると、凍り付いた山の稜線と空に浮かぶ星々や手前の両脇に配置された木々が、どこかこれが劇場のセットであるかのような印象をこちらに与えてくる。なによりこの絵の中での山の存在はそれによって何か別の意味を示唆しているように思え、じっと鑑賞していると、山岳に宿る聖性とそこに向けられる信仰のことなどもぼんやりと考えることにもなるのだ。絵肌はフラットで、筆遣いと描き込みが非常に繊細だ。ふと、かつての油画科の受験時代から、私は青という色を扱うのがあまり得意ではなかったということを思い出した。

 またこの他にも彼の描いたもののなかでは、柔らかな光に照らされている、神秘的な白い花畑の絵に惹かれる人が多い。特に日本ではあまり知名度の高くないといえる北欧の芸術家達であるが、このソールベリは同国の画家/イラストレーターであったテオドール・キッテルセンと並んで人気のある画家であると思う。余談だがキッテルセンの方は昨年にその160回目の誕生日を祝して、Google Doodleで特集されたこともあるのだ。以下がその時のロゴデザインである。

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Theodor Kittelsen’s 160th Birthday | Google

 ちなみに今年の秋、2018年9月28日から2019年1月13日にかけて、ソールベリが生涯を通して制作した絵画・ドローイング・写真を含む約60点ほどの作品を鑑賞することのできる回顧展が開催される予定なので、興味のある人にとっては必見のイベントだ。

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 そしてもう一枚、とても印象的だった絵はニールセン(彼は挿絵画家のカイ・ニールセンとは別人であるので注意)のものだ。周囲の緑が反射してまるで苔むしたようになっている水面や小屋の屋根部分に生える草、木材と空気の持つ湿り気、あらゆる要素が夏の湖畔を切り取った額の中に魅力的な形で詰まっている。重ねられた油絵の具の持つ艶が画面にある種のぬめりを与えており、それが描かれた対象と用いられた色彩を非凡な、特別なものにしていた。

 ちなみに彼は1932年に肺炎でその生涯を終えたが、それが齢94の時であったのだという。なかなかの長寿である。

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ムンクの代表作が収められている部屋

 いわゆるヨーロッパの美術史を学ぶ上で、北欧の芸術家や芸術作品は決して目立つ場所にいるわけではない。それゆえ彼らの遺した絵画、特に風景画は見るたびにどこか新鮮な感覚を私に抱かせる。描かれている場所も空気も、建物も植物も、すべてがなじみの薄い、まだ知らない世界だ。湖や海、山、風、フィヨルド。それらの気候や地形が作品に与える影響のことについても、これからより深く調べていけたら良い。

 そして、ノルウェーの人々が上に記載されているようなもの以外に行っていた造形活動の軌跡の一部は、続く項で取り上げる博物館でその軌跡を辿ることができる。

オスロ・ナショナル・ギャラリー:The National Gallery

  • ノルウェー民俗博物館 (Norsk Folkemuseum)

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屋外の展示

  まだ自分が小学生だった頃、社会見学と称された遠足のような行事のなかで「日本民家園」と呼ばれている場所を訪れたことがある。所在地は神奈川県の川崎市だった。そこは古い家屋が当時の姿で屋外に展示されており、実際に建物の中に入ったり、まるで当時の本物の村々を探検しているかのような気分になれたりするところだ。

 そしてノルウェーにもそんな場所があり、この旅行中に足を運んだ。

 オスロにはビグドイという地区があり、そこには5つの異なる博物館が存在しているために「博物館島」と呼ばれることがある。実際には島というよりも半島であるのだが、オスロ中心部からは海上を通る小型フェリーで行くのが早く、また楽しい。

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 このノルウェー民俗博物館では野外の建築物と屋内、双方の展示を楽しむことができる。なかでもゴルという町から19世紀にオスロに移設された、12世紀から13世紀初頭に建てられたというスターヴ教会(中世のヨーロッパ北西部で建てられた木造の教会)は博物館の大きな目玉だ。もともと使われていた素材のうち、主に建物の外側に使われていた部分は移設時に差し替えられた新しいものだが、その様式は当時の記録に基づいて忠実に再現されており、一見の価値がある。

 スターヴという呼称は建物を支えている特徴的な柱を示す言葉からもたらされたものであるそうだ。加えてもともとこれが設置されていたゴルの街には、オリジナルの建物がオスロへと運ばれた後、新たなレプリカが1980年頃に造られたという。

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 教会の屋根は三角形がいくつか重なったような形状をしており、雪の多く降る地域の家に多くみられる工夫がされているのだということがわかる。その先端を飾っている特徴的な、日本のしゃちほこのような彫刻は竜の頭を模しているのであるが、この生き物はノルウェーの神話や伝説にしばしばその姿をあらわし、建築物だけではなく船の舳先などにも取り付けられることがあった。

 特に北欧神話のなかでは、その根幹をなす世界樹ユグドラシルの根に棲むといわれているニーズヘッグ(場面によって蛇と表記されていたり竜と表記されていたりする)という生き物が代表的だ。

 同じキリスト教の教会であってもその形式は地域によって異なっているほか、教会に限らず信仰そのものも、土着の風習やなじみのある事物などに影響されることがあるのがおもしろい。キリスト教の布教に際して邪教であるとみなされていた個々の土地に根差した宗教や神話がどのようなものであったか、そしてどのように変化していったかのかは興味深いことだ。

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 屋根だけではなく竜のモチーフは入り口の周囲に施されたレリーフにも見ることができ、特に西側にあるものは13世紀当時からそのまま残っているものだ。植物のシンボルと組み合わされた鱗のような謎めいたパターン。また扉の付近には雪の結晶に着想を得たと推定される形状の金具や彫刻が施されており、そこに込められた寒冷地に暮らす人々の祈りについて思いを馳せた。

 内部の祭壇には聖人たちを描いた壁画が残されているが、当時それは鮮やかに彩色されていたと考えられている。

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 これらの建造物に加えて屋内の博物館では武器や家具、民族衣装などの品々をその背景とともに鑑賞することができ、地域・時代別のノルウェーの住まいや人々の暮らしの変遷をひろく学ぶことのできるよい機会だった。

 そして時間帯や季節によっては当時のお祭りの再現や演奏会などが行われている場合もあるので、興味のある人は訪問の際に確認するのがよい。

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ノルウェー民俗博物館:Norsk Folkemuseum

  • ムンク美術館 (Munchmuseet)

  地下鉄の最寄りはトイエン駅、近くに公園や植物園などがあり、街の中心部と比べて閑静な雰囲気のところにこの美術館はある。規模はさほど大きくない。上の項目で記したナショナル・ギャラリーでは彼の代表的な「叫び」や「マドンナ」といった作品を見ることができるが、ここではより詳細に、彼の人生を通して制作されたものたちや作風の変遷を順に追っていける。

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 エドヴァルド・ムンク( 1863年 - 1944年)はノルウェーだけではなく、20世紀末の芸術と象徴主義を代表する画家だ。1889年、ノルウェー政府からの奨学金を受けて渡仏した後に父親が急逝したという知らせを受け取った彼はパリ郊外のサン=クルーに移るのだが、その頃から彼は人間を描くということに対する独自の見解と表現をさらに深めていくことになる。

 また幼少期に母と、そしてそう遠くないうちに姉と死別した経験は、ムンク自身がことあるごとに日記に書き残している通り、大きな影響を彼へと与えたのであった。

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特徴的な筆致

 発表する作品をことごとく酷評された若年の頃から時代は移り変わり、彼の評価は展示を重ねるごとに高くなっていく。アルコール依存症と幻覚に悩まされて入った病院を退院した後、晩年にはオスロ大学の壁画を手掛けるなどの仕事をしたが、第二次世界大戦中のドイツで彼の作品はナチスにより「退廃芸術」の烙印を押されることになる。そしてドイツ軍のノルウェー侵攻に伴って多くの絵画が押収され(ほとんどはコレクターによい買い戻されノルウェーへと戻った)、そして彼は1944年の1月、終戦の知らせを聞くことはかなわず亡くなった。

 私が最も感銘を受けたのは美術館内部にある展示室のうちの一つ、全身を描いた肖像画の並んでいる場所でのことだ。モデルとなったのは彼の身近にいた人間であることが多い。描かれている彼らの姿からは、それらの絵を生み出したムンク自身のまなざしを感じたし、表立って取り沙汰されることの多い作品からはなかなか感じることのできないものを鑑賞するこちら側に伝えてくる。そして鮮やかな色彩が単純に美しい。

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 ところで芸術に価値を与えるものはいったい何だろうか?移り変わる情勢や人々の中で彼は体験し、思考し、昇華しながら何かを生み出し続けていた。それは幼少期から描くことを志していた彼にとって切実な望みであり、その結果でもある。

 例えば複雑な家庭環境や貧困、精神病などといった背景を作品と結び付けて分析するのは学術的な行為であると同時に、鑑賞者にとってはエンターテインメントにもなりうる。ときには芸術作品をめぐるドラマそのものが作品へと成り代わるというようなことも頻繁に起こっており、これもひとつの面白さだ。けれどそれは作家にとっての、絵画を絵画として成立させるための言語とは決定的に異なっている。かつて美術系高校に在籍していたころ、私は描き手として、このことを実際に感覚として理解するまでにかなりの時間を必要とした。

 作品そのものと、一般にその周囲に生まれる価値という言葉の間には、基本的に破れることのない、透明で薄く柔らかい膜が確かに存在しているのだ。

  そういえば美術館を去る前に、併設されているカフェでこんなものを見つけた。

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 チョコレートケーキに刺さったムンクの「叫び」のプレート。値段が高かったが、もうこれは訪れた記念に食べておこうと決めていたので、余分な出費を良しとした分はコーヒーかお茶の代わりに無料の水を飲んだ。ムースとクリームがなめらかでおいしい。

 以前にモンドリアンの作品に関係してこんなツイートを見たことを思い出したが、美術作品をモチーフとしたものにはケーキ以外にも各種グッズなど、たまにクスリと笑ってしまうような面白いものがある。私が誕生日やクリスマスのプレゼントを探す際に一度はミュージアムショップを覗いてしまうのもそれが理由だ。

 前述したようにここはそこまで大きな美術館ではないので、気軽に入り、鑑賞後もあまり疲れることなく市内の観光を続けられると思う。周辺にも緑が多いので、少し足をのばしてさわやかな空気を吸いに来るのもおすすめ。

 ムンク美術館:Munchmuseet

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 後ほど、滞在中に他にも訪れた場所や街のようす、特に食事などに関しても同じようにまとめる予定です。海沿いの地であるがゆえか、やはり魚介類は特に美味だった。そして石油産出国ということもあってか、物価が、驚くほどに高かった。

6月3日 追記 続き: